韓国の最新スープ事情 次世代のコムタンは「豚」

韓国の最新スープ事情 次世代のコムタンは「豚」

テジコムタンという料理名を初めて聞いたとき、はて? という気分になりました。テジは豚、コムタンは肉を煮込んだスープ。一般的にコムタンといえば、牛肉を煮込んだスープを指しますが、テジコムタンは初耳でした。言葉通りに解釈すれば、豚肉で作ったコムタンということなのでしょう。

言うなれば、

「牛丼を豚肉で作ったので、豚丼!」

みたいな話なのですが、豚丼ほどに馴染みはありません。不思議なもので、鶏肉を煮込んで作るタッコムタン(鶏スープ)は身近なんですよね。専門店もありますし、定食類を揃える食堂のメニューとしてもお馴染みです。

なので、

「牛と鶏はあるのに豚だけなかったのか!?」

という発見が驚きとしてまずひとつ。そのうえで次に浮かんだのが、

「でも、それってテジクッパプ(豚クッパ)じゃないの?」

という疑問がもうひとつ。テジコムタンとは言わないまでも、豚のスープはすでにあるので、これらの情報が頭の中で混ざり合って、はて? となった次第です。

牛コムタンと鶏コムタン。牛コムタンは牛肉と内臓を煮込んでいる
テジクッパプ。豚骨、豚肉、豚の内臓などを煮込んで作る

 

■ テジコムタンを初体験

そんな驚きをもたらした店が「オクドンシク」

ソウル本店のほか、ニューヨーク、ハワイにも店があり、日本では2025年8月7日に東京・新大久保でオープンしました(パリ店もオープン予定)。

新大久保といっても、大久保通りをずーっと明治通りまで歩いて、高田馬場方面に曲がった先にあるので、いわゆるコリアンタウンの中心部からは少し離れています。なので、立地的は穴場と言えるはずですが、オープンの翌々日に行ってみると、開店時間に合わせたつもりがもう大行列でした。事前にリリースが出てはいましたが、最近の新大久保はみなさん新規店への出足が早すぎですよね。

30分ほど並んで入店。店内は2列の向かい合ったカウンター席になっていて、昨今流行りのホンバプ(ひとりごはん)、ホンスル(ひとり飲み)にも向きそうです。

オクドンシクの外観と内観。店内はカウンター席のみ

ほどなく高級感のある真鍮の器が到着。

見た瞬間に、なるほど! と膝を打ちます。スープの色合いが、従来のテジクッパプとはまったく違うんですね。テジクッパプといえば、豚骨をぐらぐら煮込んだ白濁スープが特徴ですが、初めて目にするテジコムタンは無色透明に近い澄んだ色合いでした。表面を薄切りの豚肉が覆っているので、豚肉のスープであるのは明らかですが、印象としては確かにコムタン(牛スープ)とよく似ています。

期待とともにスープをひとすすりすると、濃縮された豚肉の旨味が口の中に広がりました。ガツンとくる感じではなく、口当たりは柔らかくまろやか。雑味やクセはまったくなく、色合い通りにたいへんクリアな印象です。

これは職人の仕事ですねぇ。

テジコムタン。スープの中にごはんが浸っている
大根キムチと、豚肉に載せる薬味のコチュジが添えられる

おそらく何度もの試行錯誤を経て、いろいろな計算がなされているのでしょう。スープがアツアツの少し手前に抑えてあるのも、スープに浸ったごはんが固めに炊かれているのも、具の豚肉が超薄切りのひらひらであるのも、全体の調和につながっています。薬味としてコチュジ(発酵唐辛子ペースト)が小皿に用意されているのですが、スープに溶かさず、豚肉に載せて食べるようにと卓上に注意書きがあって、これもこだわりを感じさせる部分です。

従来のテジクッパプなら、白濁スープにアミの塩辛を入れたり、ニラキムチを入れたりして好みにカスタマイズをしますが、テジコムタンの場合は完成された一品料理として味わうのがよいようです。

 

■ シェフに直撃インタビュー

せっかくなので、この新しい料理をもっと知りたいと、シェフにインタビューをお願いしました。店名と同じ、オク・ドンシク(玉東植)さん。ご自身の名前から店名をつけましたが、漢字は「屋同食」と変えて「ひとつ屋根の下で同じものを食べる(同じ釜の飯を食う)」との意味が込められています。

テジコムタンを考案したオク・ドンシクシェフ

Q,テジコムタンとはどんな料理?
A,クッパプ(クッパ)という大きなカテゴリーがあって、釜山ではテジクッパプが有名ですが、テジコムタンもその中のひとつです。新たにテジコムタンと名前をつけたのは、テジクッパプと違ってスープが透明だからです。テジクッパプは豚骨を煮込んで作るので白濁しますが、私の料理には入りません。豚肉だけを使って澄んだスープに仕上げるので、牛のコムタンにちなんでテジコムタンと名付けました。

Q,テジコムタンを作ったきっかけは?
A,ホテルのレストランに勤務していた頃、バークシャーKというブランド豚を使っていました。あるとき、余った部位を大根と煮込んで、まかないのスープを作ったのですが、それがとても美味しかったんです。想像以上の味でした。これはメニュー化できるのではと試作を重ね、改良を加えながらできあがったのがテジコムタンです。現在のスープは豚のウデ肉を中心に、いろいろな野菜を加えて作りますが、これならいけると思って独立することにしました。

Q,調理のポイントは?
A,レシピの詳細はお伝えできませんが、全体で5時間ぐらいの作業になります。韓国で韓方材を煎じるのに使う「薬湯器(ヤクタンギ)」で煮込むのが秘訣です。肉を煮込むためには温度と時間が大事になりますが、薬湯器を使うと肉汁や食感を残しながらも旨味のエキスを引き出すことができます。煮込んだ肉は翌日まで冷蔵して落ち着かせ、スライサーで薄く切るのですが、赤身のパサつきを抑えつつ、脂を適度に抑える意味合いがあります。どうしたらお客様に美味しく食べてもらえるか考えた結果です。

Q,薬味のコチュジとは?
A,コチュジは慶尚道の郷土料理で、チルムジャンとも言います。塩水に漬けて発酵させた青唐辛子に味付けを施してペーストにしたものですが、これは具の豚肉と一緒に食べてください。韓国ではスープにあれこれ入れて食べることも多いですが、私が作るスープはきちんと味を調えた状態でお出しするので、スープにコチュジを入れることはおすすめしていません。澄んだスープの味、肉の旨味を楽しんでいただければと思います。

Q,日本での反応は?
A,おかげさまでご好評をいただいているようです。みなさまの表情を拝見していると、驚いたような反応をなさる方もいらっしゃいますね。こんな味があったのかと。まだオープンして間もないので、今後も工夫を重ねながら、さらにアップグレードしていければと考えています。<

サイドメニューも充実。「冷ジェユク(茹で豚を冷製)」や、ふわふわプリプリの「海老ドングランテン(チヂミ)」を肴にこだわりのマッコリを飲むのも格別。ガッツリ食べるなら、日本限定の「デジトッパプ(豚丼)」を添えるのもいい

シェフからお話を聞いたことで、テジコムタンという料理がどのように生まれ、従来のテジクッパプとどう違うかがよくわかりました。新しい料理ではありますが、韓国の韓方文化や郷土料理の要素を組み合わせているあたり、昔ながらの伝統を下地としてうまく活用しているようです。

こうした旧来のものに洗練を加えて現代的に仕立てるのは最先端のトレンド。とりわけスープ料理の再解釈は韓国内でもっとも熱いジャンルのひとつです。それを日本で楽しめるのは嬉しいですね。こうした流れはいっそう拡大し、切り口の新たな韓国料理が断続的にやってくる予感がしています。

 

八田 靖史
八田 靖史(はった やすし)
コリアン・フード・コラムニスト。慶尚北道、および慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。ハングル能力検定協会理事。1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。韓国料理の魅力を伝えるべく、2001年より雑誌、新聞、WEBで執筆活動を開始。最近はトークイベントや講演のほか、韓国グルメツアーのプロデュースも行っている。著書に『韓国行ったらこれ食べよう!』『韓国かあさんの味とレシピ』(誠文堂新光社)、『あの名シーンを食べる! 韓国ドラマ食堂』(イースト・プレス)ほか多数。最新刊は2021年4月刊行の『目からウロコのハングル練習帳 改訂版』(学研プラス)。韓国料理が生活の一部になった人のためのウェブサイト「韓食生活」、YouTube「八田靖史の韓食動画」を運営。