話題のスタバに行くなら一緒にソルロンタンもどうですか?

話題のスタバに行くなら一緒にソルロンタンもどうですか?

ソウルの町に詳しい人であれば、

「祭基洞(チェギドン)」

という地名を聞いただけで、何やら「香り」の記憶がよみがえってくるかもしれません。地下鉄1号線で「東大門(トンデムン)」から3駅目。祭基洞は、

「ソウル薬令市(ヤンニョンシ)」

と呼ばれる韓方市場のある町として知られます。韓方材店、韓方医院が立ち並び、地下鉄駅を出た瞬間から特有の甘い香りが周囲に漂います。

ソウル薬令市

本格的な治療をしたり、韓方エキスを煎じてもらったりするだけでなく、普段使いにできる韓方茶、韓方パック、韓方粉などを買うのにもいいですね。私自身も鍼を打ったり、お灸を試してみたり、チムジルパック(ホットパック)を購入したりしてみました。体験と考えても楽しい町です。

あるいは隣接する、

「京東市場(キョンドンシジャン)」

の名前で覚えていらっしゃる方も多いかもしれません。韓方材をはじめ、ありとあらゆる食材を扱う規模の大きな市場で、そもそもソウル薬令市も京東市場の一部から独立しました。こちらもまた眺めて歩くのに楽しい市場で、ゴマ油を買ったり、粉唐辛子を買ったり、松の実を買ったりしているうちに両手がいっぱいになります。

京東市場
市場に並ぶ韓方材
美容パックなどに利用する韓方粉
 

 

■ カフェ鑑賞のすすめ

観光客にも大人気の市場ですが、昨年末からよりいっそうの注目を集めるようになった印象があります。その理由が......。

「スターバックス京東1960店」

のオープンですね。

スターバックス京東1960店

ここはもともと1962年に建てられた「京東劇場」という映画館だったのですが、1994年に経営難から閉館。その後、市場の倉庫や、演劇用の劇場として使われたのち、2022年12月にスターバックスとしてオープンしました。天井の高い開放感のある店内は、さながら映画や演劇を鑑賞しに来たような雰囲気で、それ自体が良質のエンターテイメントにも思えます。

かつて俳優さんらが躍動した場所は、スタッフの作業カウンターに。なだらかな斜面になった座席は、そのままドリンクを楽しむ客席に。作業カウンターを鑑賞するような配置になっているので、みなさんの働きぶりや、次々とやってくる後続客たちの姿が、どこかお芝居を見ているようで楽しいです。

時間的に余裕があれば、お茶だけでなく近隣でのランチもおすすめ。市場だけに飲食店の集まった場所もありますし、地元の人たちが通う穴場店もあります。

近年、日本の雑誌などでも多く取り上げられているのは、新館地下1階にある屋台風の飲食店が集まったエリア。中でも「安東(アンドン)チプ」という店が有名で、安東をはじめとした「慶尚北道(キョンサンブクト)」地域の郷土料理を味わえます。

代表的なメニューのひとつが「ソングクシ(慶尚北道式の手打ちうどん)」。標準語では「カルグクス」とも呼ばれます。慶尚北道式は小麦粉に大豆粉を混ぜて生地を作るのがポイントで、つるんとした麺をすすると絶妙な香ばしさが感じられます。同じく郷土料理の「ペチュジョン(白菜のチヂミ)」も人気の一品で、もともとはご先祖様の祭祀膳に供える料理です。薄く衣をつけて焼いてあり、白菜の甘みをストレートに楽しめます。

ソングクシ
ペチュジョン

 

■ 祭基洞の歴史を味わいに

あるいはもっとディープに地域の魅力を探索するのであれば、祭基洞という地名に注目してください。「祭基」とは「祭祀を行う場所」を意味し、この町では朝鮮時代に農業祭祀の「先農祭(ソンノンジェ)」が行われました。祭基洞駅から徒歩5分の距離に、祭祀を執り行った「先農壇(ソンノンダン)」跡が残っています。地下には歴史文化館もあり、資料展示から一連の歴史を学ぶことができます。

先農祭では王様がわざわざこの地に出向き、自ら畑を耕すことで、国民に農業の大切さを説きました。また、農業神への供物として牛を捧げて豊作を願うのですが、その牛は祭祀が終わった後に大釜で煮込み、スープ料理として近隣に住む人たちにも分け与えたそうです。

先農壇跡
先農壇歴史文化館

その料理こそが現代にも伝わる......。

「ソルロンタン(牛のスープ)!」

発祥や語源の由来は諸説ありますが、「先農祭のスープ」という意味で、「先農湯(ソンノンタン)」が、ソルロンタンへと転化したと考えられています。

ほかにも高麗時代に元から伝わった「シュル(スープ)」が語源であるとか、「雪」のように白く「濃」厚な味わいの「湯(スープ)」という意味で「雪濃湯(ソルロンタン)」と名付けられたなどの説があるのですが、こと祭基洞にいるときだけは「先農湯説」を強力にプッシュしたくなりますね。ここが発祥の地であり、本場だと考えると、それはもう特別な思いでソルロンタンを食べたくなります。

ということで、祭基洞のソルロンタン専門店へ。

ソウル薬令市の1-1ゲートを入った先に地元密着の人気店「土城屋(トソンオク)」があります。路地の両脇に韓方材店が立ち並び、あたり一面が韓方の香りで埋め尽くされているのですが、歩いている途中で牛を煮込む、むわっとした香りが混ざるんですね。そこにお店があります。

ソルロンタンの食べ方は人それぞれですが、私の場合、まずは何も味付けせずに食べる、塩を少し足す、キムチの汁を足す、ごはんを放り込む......と段階的に味の変化を楽しむのが好きです。運ばれてくるなり塩をバサッ、ごはんを全部ドサッと入れて、勢いよく食べ進む常連さんの所作なんかはカッコいいと思うんですけどね。どうもついついちびちびと。

そのうえで最初にどれだけ塩なしで食べ進めるか、自分自身と向き合いながら食べるのも好きです。いい店ほど牛のエキスが濃厚で、薄味のままでも美味しく味わえるんですよ。塩を入れないまま、もっと、もっとと食べ進めていく自分の姿から......。

「このソルロンタン好きだなぁ」

と実感するのです。祭基洞の「土城屋」もそんなお店でした。

土城屋
ソルロンタン

もし、もっと長い時間をかけて祭基洞を楽しむのなら、駅の反対側に「龍頭洞(ヨンドゥドン)チュクミ通り」があります。近年は日本でもチュクミ(イイダコ)料理が大人気ですが、その専門店の集まるストリートがあるんですね。

私もソルロンタンからハシゴをして名物のチュクミボックム(イイダコ炒め)を食べて行こうかとも考えたのですが、お目当ての店が尋常ならざる大行列で断念。大通り沿いにあるチュクミの像だけ写真を撮って次回の宿題としました。現在進行形で盛り上がりを見せる祭基洞なので、またじっくり足を運んで探索したいですね。

イイダコの像
 
八田 靖史
八田 靖史(はった やすし)
コリアン・フード・コラムニスト。慶尚北道、および慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。ハングル能力検定協会理事。1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。韓国料理の魅力を伝えるべく、2001年より雑誌、新聞、WEBで執筆活動を開始。最近はトークイベントや講演のほか、韓国グルメツアーのプロデュースも行っている。著書に『韓国行ったらこれ食べよう!』『韓国かあさんの味とレシピ』(誠文堂新光社)、『あの名シーンを食べる! 韓国ドラマ食堂』(イースト・プレス)ほか多数。最新刊は2021年4月刊行の『目からウロコのハングル練習帳 改訂版』(学研プラス)。韓国料理が生活の一部になった人のためのウェブサイト「韓食生活」、YouTube「八田靖史の韓食動画」を運営。