キムチチゲの歴史を語ろうと思ったら自分史になった

キムチチゲの歴史を語ろうと思ったら自分史になった

韓国に着いて最初の食事はキムチチゲが至高。

あくまでも個人的な好みではありますが、心のなかで密かに確信している真理です。久しぶりの韓国旅行ならなおさら。ほかにも食べたい韓国料理は多いですが、到着の喜びをストレートに実感できるチョイスです。

ぐつぐつに煮え立った真っ赤なスープ。目の前を真っ白にするもうもうの湯気。鮮烈な香り。周囲の喧騒。それらすべてが期待感となり、気分は否が応でも高揚します。スプーンを握る手にも力が入り、姿勢も前のめりでまずはスープをひとすすり。

「ずず、ず......」
「ず......っ!」
「ゲッホ、ゲホ、ゲホゲホ」

はい、定番の流れ。

粉唐辛子の辛さもさることながら、ニンニクや生姜といった香味野菜のパンチも効き方が段違い。味の決め手となるキムチの熟成度合いも手加減なしで、あふれんばかりの酸味が、耳の下あたりをきゅーんと刺激します。

「そうそう、これ、これなんだよ」

ムセながらの涙目では様になりませんが、それもまた楽しいのです。

キムチチゲも具材によっていろいろ。豚肉入り(左上)がポピュラーだが、サンマの水煮を入れたコンチキムチチゲ(右上)も定番のひとつ。コンビジチゲ(おからチゲ、左下)、プデチゲ(ソーセージ入りキムチ鍋、右下)もキムチが味を左右する。

 

キムチチゲの歴史?

そんな前置きを経て。

普段であれば、ここから料理の背景についてうんちくを傾けるのが本コラムの定番ですが、今回ばかりは悩みました。キムチチゲといえば、韓国料理の中でも主役クラスにメジャーですが、来歴がはっきりせず、料理そのものを語るのが意外に難しいのです。

大雑把に考えるなら、キムチの歴史と同じぐらいは振り返れるはず。記録にはなくても、煮込んで食べるぐらいはしていたのではないかなと。

でも、実際にキムチチゲの料理名を確認できるのは20世紀に入ってからで、現在の主流となっている結球型の白菜が普及するのも同時代。現在と同じキムチチゲをイメージするなら歴史は意外に浅いと言えます。

なので、今回は早々に断念。

料理の歴史が難しいなら、自分の話から振り返ってみるのはどうだろう。ミニマムではありますが、それもまた時代の変遷を経たひとつの歴史と言えるはずです。

現代の韓国でキムチ用として主流の結球型白菜(左)は20世紀に入って中国から伝わった。非結球型の白菜(右)には、今春ブームとなったポムトン(春白菜)がある

 

キムチチゲの自分史

私が人生で初めてキムチチゲを食べたのは、1997年2月19日(水)。

日付まではっきりしているのは、初めて出かけた韓国旅行の日記が残っているからです。関釜フェリーで釜山に着いて、宿の近くでふらりと入った店での朝食。当時の感想はこんな感じでした。

「はっきり言って辛い! 汗は出る。鼻水は出る。舌はしびれて動かない。直接火にかけていた鍋がそのまま出てくるのでいつまでも熱い。ゆえにいつまでも辛い」

なんとも初々しい限り。とはいえ、いまもムセながら食べているので、あまり成長はないのかもしれません。

本格的にキムチチゲが好きになったのは1999年からの留学時代。

当時、住んでいた寄宿舎の近くに行きつけの食堂があって、そこで毎日のようにキムチチゲやスンドゥブチゲ(辛口の豆腐鍋)を食べていました。両者を合体させたキムチスンドゥブという豪華メニューもあり、石焼きビビンバ用の石鍋でたっぷりなみなみと出てきます。酸味の効いたスープと、ふるふるの豆腐を食べていると、真冬でも汗びっしょりになって、その爽快さがなんとも大好きでした。

留学後もしばらくは、韓国に着くと足を運んで懐かしさに浸っていた次第。到着してすぐのキムチチゲは、その頃に生まれた習慣です。

留学時代の行きつけだった「タルギコル」のキムチスンドゥブ

 

往年のブームと行きつけ店

その後、私はコリアン・フード・コラムニストを名乗り、仕事として韓国料理を食べるようになります。中でも印象的だったのが、2000年代前半の熟成キムチチゲブームです。

ソウルの蚕室にある「オモリチゲ蚕室本店」が火付け役。

特別なゲルマニウム貯蔵庫で3年間熟成させたキムチで作るチゲを、オモリチゲと呼んで一世を風靡しました。オモリとはキムチを熟成させる甕のこと。これまた初めて食べたときは衝撃的で、当時の感想は以下の通りです。

「食べるとしびれる感じすらする骨董的味わい。だが、それが驚くほどにうまい」

キムチチゲでしびれるのは釜山での初体験から変わらず。とはいえ、年代物のキムチに衝撃を受けたのは私だけではなかったようで、この時期はあちこちで3年熟成の文字を見ました。流行ってすぐに3年物のキムチが出回るのは不思議でしたけどね。

なお、オモリチゲは2014年に韓国のコンビニ「GS25」とのコラボでインスタントラーメンにもなりました。こちらもロングセラーの人気商品なので、そちらでご存じの方も多いのではないかと思います。

2000年代前半にブームを牽引した「オモリチゲ蚕室本店」のオモリチゲと、コラボ商品のオモリキムチチゲラーメン

現在の私がソウルに行って目指すのは、明洞にある「イェジ粉食」

取材を通じて社長さんと親しくなりまして、ソウルに行くと挨拶がてら顔を出しに行きます。路地裏の名店としてファンの多い店なので、私以外にもひいきにしている方は多いでしょうね。キムチチゲよりも、スンドゥブチゲが有名ですが、どの定食を食べても副菜がずらりと並んでボリュームたっぷり。早朝から営業しているので朝ごはんにぴったりなのも嬉しいところです。

そう考えると、キムチチゲを食べたいよりも、会いたい人がいて食べに行くことが多い料理なのかもしれません。韓国に生まれていれば、オモニの作るキムチチゲがいちばんなのでしょうが、旅行で出かける身としてはそうもいきません。

明洞「イェジ粉食」のキムチチゲ

 

新大久保のお気に入り

さて、ここまで書き終えて、気付けば無性にキムチチゲが食べたいです。

日本にいるいま、身近で行けるのは新大久保などの韓国家庭料理店。お世話になっているオモニがたくさんいらっしゃいますので、顔を思い浮かべながらしばし考えると......。

ぴこーん!

新大久保のなかでも穴場と言える場所にある「うわさのへそんちゃん」が思い浮かびました。新大久保駅から大久保通りを明治通りの直前までずーっと行った路地のなか。コリアンタウンとしては中心から少し離れますが、東新宿駅寄りにあって周辺で働く会社員らに人気のお店です。料理上手なママさんが切り盛りする小料理店風の雰囲気で、カウンター席もあって、ひとりでふらっと寄れるのも気にいっています。

新大久保「うわさのへそんちゃん」の豚肉キムチチゲ定食

早速ランチタイムに繰り出して、豚肉キムチチゲ定食を注文。

ほどなく出てくるグツグツのスープをすすり......。

「そうそう、これ、これなんだよ」

熟成の効いた酸味のなかに、しっかりとしたコクと深み。豚肉はゴロゴロ入って食べごたえ充分。濃厚なスープのベースは、長ネギの青い部分を煮込んで作る野菜ダシで、店の方針としてうま味調味料は一切不使用。キムチはすべて手作り。いまの新大久保ではもはや少数派になった、家庭の味を感じさせてくれる貴重な店と言えます。

ちなみに夜行くときは、名物の「ニラサムギョプサル」と、甘酢に漬けた薄切りの大根で食べる「ぽんサムギョプサル」、手作りの「水ギョーザ」、「豚プルコギチゲ」あたりがおすすめ。居心地のよさに、ついつい食べすぎ、飲みすぎてしまうのだけが難です。

ああ、大満足。

といった感じで、30年ほどのキムチチゲライフを振り返った自分史。みなさんはどんなキムチチゲが好きですか?

ニラサムギョプサル(左上)、ぽんサムギョプサル(右上)
水ギョーザ(左下)、豚プルコギチゲ(右下)

 

八田 靖史
八田 靖史(はった やすし)
コリアン・フード・コラムニスト。慶尚北道、および慶尚北道栄州(ヨンジュ)市広報大使。ハングル能力検定協会理事。1999年より韓国に留学し、韓国料理の魅力にどっぷりとハマる。韓国料理の魅力を伝えるべく、2001年より雑誌、新聞、WEBで執筆活動を開始。最近はトークイベントや講演のほか、韓国グルメツアーのプロデュースも行っている。著書に『韓国行ったらこれ食べよう!』『韓国かあさんの味とレシピ』(誠文堂新光社)、『あの名シーンを食べる! 韓国ドラマ食堂』(イースト・プレス)ほか多数。最新刊は2021年4月刊行の『目からウロコのハングル練習帳 改訂版』(学研プラス)。韓国料理が生活の一部になった人のためのウェブサイト「韓食生活」、YouTube「八田靖史の韓食動画」を運営。